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高知地方裁判所 昭和47年(行ク)1号 決定

申請人 水口静夫 ほか一名

被申請人 高知市

訴訟代理人 河村幸登 ほか二名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一、本件申請の趣旨および理由

(一)、申請の趣旨

「被申請人が申請人水口静夫、同水口香に対し、昭和四六年一二月一八日付(E、一四七-六号)をもつてなした仮換地指定処分の執行は、右当事者間の当庁昭和四七年(行ウ)第一号仮換地指定処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する。」との決定を求める。

(二)、申請の理由

1  申請人水口静夫は別紙第一目録記載の土地を、申請人水口香は同第二目録記載の土地をそれぞれ所有して農業に従事する者であるが、被申請人は、昭和四六年一二月一八日付(E、一四七-六号)をもつて、高知都市計画事業高須土地区整理事業(以下「本件区画整理事業」という。)施行者として、申請人ら所有の右各土地に対し仮換地指定処分(以下「本件仮換地指定処分」という。)をなし、該通知書は、同月二〇日申請人らに到達した。

2  しかしながら、本件仮換地指定処分は、次の理由により違法である。

(1) 、本件仮換地指定処分は、次に述べるようにその内容において法の目的を逸脱し、著しく妥当を欠くものである。

(イ)、申請人ら所有の右各土地は、ともに、昭和二七年七月一六日設立の高知市高須西ノ丸油ヤ丸土地改良区の地区内にあつて、申請人らはその組合員である。そして、右各土地は水利・灌漑も非常によく、地味ゆたかであり、四季を通じて農耕に適し、水稲および野菜等の園芸作物を栽培し、高収益を得る最も条件に恵まれた農耕地であつて、営農者である申請人らの生活の基盤をなしているものである。しかるに、申請人水口静夫所有の本件農地のうち、南ノ丸一、三六二番一、同一、三六二番三、同一、三六二番四の田は、第二種住居専用地域に、東ノ丸一、三七七番七の田は大部分第二種住居専用地域、一部分住居地域、一部分準工業地域に、東ノ丸一、三七七番一一の池沼は第二種住居専用地域に、南ノ丸一、三六二番二、同一、三六二番八、同一、三六二番九の池沼は一部分第二種住居専用地域、一部分住居地域、一部分準工業地域にそれぞれ用途指定がなされ、申請人らの多年にわたる農業経営に対しては何らの配慮もなされていないのである。

(ロ)、仮に、被申請人において、申請人らの営農期間中の用排水路につき、用排水路のため側溝を設け、あるいはヒユーム管を埋設する等水田としての利用が可能なように配慮するとしても、本件区画整理事業により申請人らの所有農地は寸断、細分化され、そのため申請人らの農作業は非能率となり、また池沼は取崩されるので、水利・灌漑の便も不十分なものとなるのである。都市計画法第二条の規定によれば、都市計画は、「農林漁業との健全な調和」を図ることを基本理念としている。本件土地区画整理事業を施行する区域のうち、南国バイパス・ルート南側は殆んど農地であり、この一年間において、ごくわずかな土地が宅地化されているにすぎない。そして、その宅地化された部分も一般の住居用地ではなく、建設関係、農業関係の事業用建物および倉庫が建つているにすぎない。従つて、バイパス周辺の必要部分のみを土地区画整理事業の施行地区にすれば足りるのであり、大部分が農地である地域までも該施行地区にすることは、公共の福祉の増進に寄与するとはいえない。

(2) 、本件仮換地指定処分は、土地区画整理法第八九条第一項の照応の原則に反し、不公平である。

(イ)、申請人水口静夫所有の本件農地のうち、南ノ丸一、三六二番一、三六二番三、同一、三六二番四の三筆の田は一かたまりの農地であつて、その東側には小径があり、西側はコンクリート畦畔で区切つてあつて、合計約四反の田として、営農上最も条件に恵まれた特等地である。しかるに南ノ丸一、三六二番一、同一、三六二番三を六六群三号地に仮換地し(減歩率〇・二〇〇)、南ノ丸一、三六二番四は、南ノ丸一、三六二番二、同一、三六二番八、同一、三六二番九、東ノ丸一、三七七年一一(いずれも池沼)と合わせて、六五群一〇号地に飛換地し(減歩率〇・二〇一)たが、右仮換地として指定されたところは水はけが悪く、右南ノ丸一、三六二番四の土質に比べ、水田としての効用の低い土地である。

ところで、右南ノ丸一、三六二番一、同一、三六二番三、同一、三六二番四と従前同様な位置関係にあつた隣接の土地と比較すると、次のとおり不公平である。すなわち、

申請外福井泉衛については、従前の土地の沖須賀一、三六〇番一、同一、三六二番二(田五、九九一平方メートル)の仮換地は、殆んど同一位置の六七群一号地である(一筆であつて、減歩率は〇・一九六)。

申請外横田真澄については、従前の土地の一、三六一番一(田二、七五四平方メートル)の仮換地は殆んど同一位置の六六群一号地である(一筆であつて、減歩率は〇・二〇四)。

申請外田中泉については、従前の土地の一、三六二番六(田三、一一四平方メートル)の仮換地は殆んど同一位置の六七群二号地である(一筆であつて、減歩率は〇・一八六)。

申請外山崎成心については、従前の土地の一、三六二番五、同一、三六二番一四(田二、〇二五平方メートル)の仮換地は殆んど同一位置の六七群三号地である(一筆であつて、減歩率は〇・一八六)。

申請外横田一位については、従前の土地の一、三六三番一(田一、九五一平方メートル)の仮換地は殆んど同一位置の六七群五号地である(一筆であつて、減歩率は〇・一九一)。

申請外横田薫については、従前の土地の一、三六三番一二、同一、三六三番一四(田一、八九六平方メートル、宅地一一二、七七平方メートル)の仮換地は六六群四号地である(一筆であつて、減歩率は〇・二〇一)。

申請外山崎石よについては、従前の土地の一、三六三番五(田二、八五七平方メートル)の仮換地は六一群一号地である(一筆であつて、減歩率は〇・二〇一)。

右のごとく、申請人水口静夫の所有地と並ぶ近隣の所有地は、一筆でしかも、殆んど同一位置に仮換地されており、減歩率を比較すれば、申請人水口静夫の〇・二〇〇に対し、低くなつている。

また、六六群二号地に仮換地された、申請外大態水産株式会社は、農業をしていないにもかかわらず、合筆されて、指定されている(減歩率〇・二〇〇)こと、および保留地は、六七群四号地(九二〇平方メートル)にあることをみると、申請人水口静夫については、なおさら不公平であることが明白である。

(ロ)、次に、東ノ丸、三七七番六と同一、三七七番七は、共に一かたまりの農地で約八反歩あつて、西と東とは農道と小径に囲まれた、高須地区随一の広い便利な農地であつて、他の田地と比較しても、最高の価値ある農地である。

ところで、申請人水口静夫と申請人水口香は父子であつて、申請人水口香は元中学校教員であつたが、営農のため退職し、現在では申請人水口香が農地の耕作の中心となつている。

しかるに、東ノ丸一、三七七番六、同一、三七七番七を三八群一、二号地と、四七群三、四号地に分割して仮換地指定した結果飛換地となり、道路をはさみかつ斜め向いに位置しているので、営農上不便かつ非能率となり、他に比べ著しく不公平不合理な扱いを受けていることは明らかである。

また、右東ノ丸一、三七七番六は、三八群一号地(減歩率〇・一九九)と四八郡三号地(減歩率〇・二〇八)に、右東ノ丸一、三七七番七は三八群二号地(減歩率〇・二九四)と四八群四号地(減歩率〇・二一二に分割して仮換地され、各減歩率をみると不平等である。

(3) 、本件区画整理事業は、当該土地所有者である申請人ら農民の利益を全く無視して、市街化をはかる目的のために施行されるところのものであるが、土地区画整理法に規定する土地区画整理事業とは、公共の利益のみならず、これを当該土地所有者の利益とが一致することを基礎にして行われるべき制度であるから、本件区画整理事業は、法の目的を逸脱した違法のもので、憲法第一三条、第二二条第一項、第二五条第一項に違反し、従つて、本件各仮換地指定処分も違法である。

(イ)、本件区画整理事業の目的が、右のとおり、土地所有者の利益を全く無視し、市街化によつて、徒らに宅地の価格をつり上げる等投機の原因となり、非農家の利便を図るものであることは南国バイパス南側は広い農地で、耕地整理も経ており農地の利用上は何らの障害もなく、区画整理の必要性は全く存ないこと、本件各仮換地指定処分の減歩率は、前述のとおり不平等であること、本件区画整理事業の事業計画によれば、農耕のための施設の整備、改善を主眼としていないから、道路構造、用排水路の側溝、ヒューム管の埋設も十分ではなくそのため降雨によつて浸水するか、または日照のときは、十分の水を取り入れることは不可能で、従前の耕作に比べ著しい損害を蒙ること等の点に徴しても明らかである。

(ロ)、本件区画整理事業は「農耕のための施設の整備、改善に主眼をおくものではなく、宅地としての利用増進をはかる事業であること」、「事業目的が市街化にあるから、それらの制限は忍ばねばならぬこと」、「道路の密度、公園等の設置、用排水路の設計が、営農を主体においたものではないこと」である結果、申請人らは二〇パーセント以上の土地を奪われたうえ、従来の土地に比し土質の悪い土地へ換地され、水路は破壊され、道路に沿つた用排水路または内径一メートルのコンクリートヒユーム管による排水路では、水田の耕作が不可能となるから、申請人らの農業経営と生活は破壊され、ひいては農業をやめて転業するか、あるいは一旦土地を売つたうえ、他の田畑に移転するかのいずれを余儀なくされるのである。

(ハ)、本件各仮換地指定処分による減歩率は二〇パーセントを超えるが、農地に対する、かかる高度な減歩率による仮換地指定処分は、それ自体合理性を欠き、法によつて許容される裁量の範囲を超えるものである。けだし市街化においては、相当率の減歩があつても、宅地利用の価値の増加によつて補われるが、これに反し、農地の場合は、これに接する道路がたとい二〇パーセント拡幅されたとしても、農作物の増収等の農地利用上の価値増加は少しももたらされないからであり、農地に対しては、必要最小限に限るべきであり、保留地、公園等の公共設備は、最小限でなければならないからである。

3 申請人らは、本件各仮換地指定処分の執行による回復困難な損害を避けるため緊急の心要性がある。

被申請人は、昭和四六年度工事として、南国バイパス・ルート工事は日夜を問わず進行しており、昭和四七年二月一二日、申請人らの本件土地に立入り、立杭等を打込んで、工事を強行しつつある。その結果、四月一〇日以降、申請人らは東ノ丸一、三七七番六、同一、三七七番七の土地に、田植え等の作業をするべく準備しているにもかかわらず、四か所を十字路で仕切られ、その結果、耕運機による農作業はむつかしくなるのみならず、水田の耕作が不可能となる。かくては専業農家である申請人らとしては、生活を維持できたくなる。

また、被申請人が建設する道路が将来舗装され、かつ区画整理されてしまうと、たとえ本訴において勝訴するも、原状に復することは極めて困難である。

現に耕作している申請人らの本件農地は、水田であるから、本件仮換地指定処分の執行停止を求める緊急の必要性がある。

二、被申請人は、主文同旨の決定を求め、次のとおり意見を述べた。

(一)、高須地区の概要

高知市は高知県の政治、経済、文教、交通等の中心地として本県のほぼ中央部に位置し、東に南国市、土佐山田町があり、西には土佐市、伊野町、春野町と県内の主要市町をひかえ、地方中核都市としてその都市基盤を整備しつつある。

高須地区(以下「当地区」という。)は高知市の東部に位置し、高知空港等より都心部への東玄関ともいうべき地域であつて、連絡する道路は現在の国道五五号線(以下「当国道」という。)のみである。その幅員は六メートル未満で、すぐ南側に平行して申請外土佐電気鉄道株式会社市内線の電車軌道が敷設されているため、現在の通行は麻痺寸前である。当地区を過ぎると、昭和三四年度着工の都市改造下知土地区画整理事業および戦災復興土地区画整理事業の地域に隣接し、既に適正な市街地となつている。

なお、当地区は舟入川、国分川の各堤防に囲まれており、標高は湿田で約マイナス八五センチメートル、宅地で約プラス二〇センチメートルとなつていて、東より西に向つて約一、〇〇〇分の一の勾配で傾斜し、大半が低湿地帯の農耕地であるが、最近における都市の膨張により、下知地区等より中小企業の工場、倉庫および住宅等が漸次無秩序に建ち並び、今や農耕地は減少の一途をたどつている。

(二)、本件区画整理事業の施行

建設省(四国地方建設局土佐国道工事事務所)は、当国道の一環として、昭和四〇年に当国道のバイパス・ルートが高知市の葛島橋西詰より香美郡赤岡町(全長一四キロメートル)まで決定し、このルートの一部が当地区を縦走することになつた。

そこで、被申請人としては、

(イ)、当地区は従来農業生産地帯であつて、全く都市基盤がないこと

(ロ)、最近の都市化は地方都市も例外ではなく、遂次都市の周辺部に及ぶなかで、当地区においても当国道線沿に順次南部に無秩序な宅地化が進んでいること。

(ハ)、当地区内に南国バイパスが開通すれば、その付近一帯の宅地化に一層の拍車がかかることは明白であり、そのまま放置すれば整然とした市街地は期待できないこと

(ニ)、当地区は国分川に面しているが、そのすぐ西側の下知地区までは、適正な市街地となつていること

等の情勢を判断し、これに対処するため当地区のうち、国分川堤防以東、当国道沿電車軌道線以南、文珠通南北線以西および絶海の池北岸に囲まれた区域を、健康で文化的な都市生活および機能的な都市活動を確保し、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて公共の福祉の増進を期するため、土地区画整理法(以下「法」という。)による土地区画整理事業を施行することにし、高知県知事の認可を受け、高知広域都市計画事業高須土地区画整理事業として、法に基づく一連の事務を進めてきたものである。

道路、水路、公園等の公共施設が整備されないまま、土地所有者が各人勝手に自己の土地を宅地として利用するときは、宅地としての利用効率が悪いことはもちろんのこと、それが火災、風水害、交通事故等の諸災害、環境汚染、都市公害等の発生原因となり、放置しえないところである。このような意味で、当地区は当然土地区画整理事業がなされなければならない状態にあり、したがつて、まず本件区画整理事業自体は何ら違法・不当なものではない。

(三)、申請人らに損害が発生しないこと。

被申請人のなした本件仮換地指定処分によつて、以下述べるとおり、申請人らに対しては何ら損害が生じないかあるいは仮に用語上損害といえるものが生ずるとしても、それは土地区画整理事業に当然伴う性質のものであつて、仮換地指定処分の執行停止の要件としての「損害」には当らないものである。また、このことは同時に本件申請が本案についても理由がないことを示すものである。

1  営農に対する一般的な配慮

本件区画整理事業は、当地区の自然的な宅地化に対してこれを適正な形のものに方向づけることを目的としたものであるが、反面農業を継続しようとする者に対して、不当な損害を与えるべきでないことは当然のことであつて、そのための調整手続(法第一三六条)もなされることとされており、本件区画整理事業の計画においても農業を継続する者のためには次号で述べる用排水路施設その他について、必要、かつ、十分な諸配慮がなされているのである。

また、本件区画整理事業が施行されることにより、農業者自身にとつても周辺一体が無秩序に宅地化することにより発生する前記各種の一般的災害および公害が防止されるのみでなく、農業用水路の損壊、用水の汚濁等の農業特有の諸被害もあわせて防止されるということができるのであつて、このように計画の是非は目前の些細な変化のみをとらえて論ずるべきではないのである。

2  農業用水路について

農業用水路については、計画されるすべての道路沿い用排水路を設計し、必要な取水ポンプ等の諸施設も完備するように計画されており、これにより従来の水利は十分に確保されることになつている。

更に右水路とは別に都市用の下水管が各道路下に埋設されることになつており、これにより都市的汚水が農業用水に混入することが防止され、また、農業排水を右下水管に流入させることも可能なように計画されているので、排水能力については、従来以上に効率的になり、これがまた水害防止ともなるはずである。

3. 農地を分割することについて

申請人らの所有する本件農地九筆は、事実上二団に形成されており、これが本件仮換地指定処分によつて、更に二団ずつに分割されることになつているが、このことは宅地としての計画、道路網および関係者全員について、できるだけ公平に配分しなければならないという配慮との関係上やむをえないものである。したがつて、申請人らが文字どおり「従来どおりの方法」により農作業を行なうことができなくなることは事実であるが、これは本件区画整理事業に当然に伴い、かつ、制度が当然の内容としているところのものであつて、このことを損害の発生というには当らないし、いわんや農業の継続が不可能となつたということは一層いえない。ちなみに、本件仮換地は法第八九条に規定する従前の土地の環境等との照応の原則は十分に維持されており、面積の点からみても、本件仮換地指定処分により生じた最も小さい換地にしてもその面積は一、六二〇平方メートル(一反六畝)におよび、わが国農地の現状、農業機械の状態等からみても決しても農耕に不自由をきたすほどの「こまぎれ」とはいえないのである。

4  減歩率について

公共施設の設置・整備は土地区画整理の制度自体の内容であり、そのためにこれらに必要な用地分だけ換地が従前の土地より減歩することも制度自体が予定しているところである。

本件仮換地指定処分に係る減歩として、申請人らの三八郡一号地、二号地および四七郡三号地・四号地については〇・二四〇、六五群一〇号地および六六群三号地については〇・二〇〇であつて、これらの率そのものも決して高率とはいえず、当地区においては最高〇・二九九、最低〇・〇九三、平均〇・二〇八であり、右平均よりも高率の三八群一号地・二号地および四七群三号地・四号地が国道バイパスに面している事情を考慮すれば、申請人らが他の者に比して不公平ということもできない。

減歩は換地される土地の評価をも考慮のうえ、各人について一応積算されたものであるが、それでも土地の換地であるから、その位置、形状、区画等の関係から性質上右率どおりの土地配分が不可能なことはいうまでもなく、そのため関係者間に生ずるある程度の不公平は後日金銭で調整されることになつており(法第九四条)、本件申請人らについてもこれはなされるはずである。

5  道路面と農地との高低差について

本件地区はもともと干潟から生じた湿田地域で、海抜マイナス八五センチメートルのいわゆる零メートル地帯である。

これも適正な宅地にするには適当な地盛が必要で、そのため計画される道路は農地より一メートル程高い位置に設置されることになる。

しかし、これから農地に通ずる適当な勾配の通路(馬越し)が設置されており、農耕のための人畜、小型自動車等の出入に不便をきたすことはない。

6  なお、土地区画整理事業に伴う諸工事の施工、仮換地に係る土地への移転等に伴う一時的な作付不能、減収等については金銭により損失補償がなされる(法第七八条)のであるから、これらはここにいう損害に当たらない。

(四)、農業被害は金銭賠償により回復可能であること。

減歩の不均衡や一時的減収が法の建前としても、金銭補償により解決されるべきであることは前記のとおりであるところ、もともと農業上の被害は金銭賠償により回復可能な性質のものである。一戸の農業を全面的に不可能にするような場合はともかくも、そうでない限り、右のことは十分にいいうるのである。このことは昨今より行なわれている米作休耕をみても、容易に肯けるものである。

仮に、本件土地が区画整理事業によつて申請人らに何らかの損害といえるものが発生したとしても、それが右意味の農業被害であること、また申請人らの耕作する農地の総面積が三・六ヘクタール(三町六反)にもおよび、そのうち本件農地は一一、六八三平方メートル(一町一反七畝)であること等の事情をも考慮した場合、それは後日の金銭賠償により十分填補可能なものといえるのである。

したがつて、それは「回復困難な損害」には該当しないし、同時にそれを「避けるための緊急の必要」もないのである。

なお、申請人らの主張がつまるところ本件区画整理事業の枠内において、被申請人に対して今後の農業施策に万全を期するよう「要望する」という趣旨とすれば、被申請人としてももとよりそれを期しているところであつて、これは執行停止の問題外のことである。

(五)、執行停止は公共の福祉に重大な影響をおよぼすこと

冒頭で述べたとおり、当地区における本件区画整理事業の遂行は防災、交通、産業、保健衛生、生活環境等あらゆる施策上、焦眉の急である。そして、区画整理事業は関係区域全域にわたつて関連的、一体的に行なわれるべきものであるから、いま仮に本件仮換地指定処分の執行が停止されたとした場合、被申請人が右停止された趣旨を全面的に尊重するかぎり、本件区画整理事業区域全体の事業を停止させるほかはなく、同時に区画整理による用地配分を前提にした南国バイパス工事も停止されざるをえないことになる。とすれば、前記の焦眉の諸施策およびこれに対する地元民の要望等をあわせて考慮すれば、右停止は明らかに公共の福祉に重大な影響がおよぶといえることになる。

なお、本件裁判の既判力は他の関係者分にはおよばないこととの関係上、もし被申請人が裁判の理由として述べられた趣旨に意を用いることなく、申請人らの現有農地のみを残してその他の工事もすべて完成させてしまうことも可能であり、そうした場合は結局申請人らの主張する農業被害の面においては、実質的には執行停止は無意味なものとなつてしまう。とすれば、本件申請はその利益がないこととなるし、またこのような意味で、もともと仮換地指定処分は執行停止には親しまないものである。

三、当裁判所の判断

(一)、申請人水口静夫は別紙第一目録記載の土地を、申請人水口香は同第二目録記載の土地をそれぞれ所有して農業に従事する者であること、被申請人は本件区画整理事業の施行者であること、被申請人は、本件区画整理事業区域内にある申請人ら所有の右各土地に対し、昭和四六年一二月一八日付(E、一四七-六号)で本件仮換地指定処分をなし、該通知は同月二〇日申請人らに到達したものであることは、いずれも当事者間に争いがない。そして、申請人らが右仮換地指定処分を不服として昭和四七年一月三一日高知地方裁判所に本案訴訟である仮換地指定処分取消請求訴訟(同裁判所同年(行ウ)第一号事件)を提起し、同事件が現に係属していることは、当裁判所に顕著な事実である。

(二)、よつて、申請人らの本件執行停止の申請が理由があるかどうかについて検討する。

1  行政事件訴訟法第二五条によると、処分の執行を停止することができるのは、処分の執行によつて生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合であり、かつ、その執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、または本案について理由がないとみえるときに該当しない場合である。そして、右にいわゆる回復困難とは原状回復または金銭賠償が不能な場合ばかりでなく、たとえ、終局的には金銭賠償が可能であつても、社会通念上、そのことだけでは填補されないと認められるようた著しい損害をこうむることが予想される場合をも包含すると解するのが相当である。

2  ところで、〈証拠省略〉によると、次の事実が一応認められる。

(1) 、本件区画整理事業施行地区に該る当地区は、高知市の中心部から約四キロメートル東部に位置し、高知空港等高知県東部からの東玄関ともいうべきところに位置し、舟入川、国分川の各堤防に囲まれており、標高は湿田で約マイナス八五センチメートル、宅地で約プラス二〇センチメートルとなつていて、大部分が低湿地帯の農耕地である。しかしながら、高知市の発展に伴い当地区も漸次市街化されつつある。

(2) 、当地区には、高知県東部から高知市内に通ずる道路として国道五五号線が走つており、該国道は、その幅員が六メートル位であることから交通渋滞を来たしており麻痺寸前の状態である。そこで、建設省(四国地方建設局土佐国道工事事務所)は、当国道の改良工事の一環として、昭和四〇年に当国道のバイパス・ルートとして高知市の葛島橋西詰から香美赤岡町までの全長一四キロメートルを法定し、該ルートの一部が当地区内に設定された。そこで被申請人としては、当地区は従来から農業生産地帯であつて、全く都市基盤がなかつたが、最近当地区においても当国道南側沿いに順次無秩序な宅地化が進んでいること、当地区内に南国バイパスが開通すれば、その付近一帯の宅地化に一層の拍車がかかり、そのまま放置すれば整然とした市街地は期待できないこと、当地区の西側の下知地区までは適正な市街地となつていること等の情勢を判断し、当地区は勿論将来の高知市の発展のため右南国バイパス工事と並行して当地区に本件区画整理事業を施行することを決定し、昭和四五年八月一九日付(E、一一一-四)で申請外高知県知事に対し本件区画整理事業の事業計画の認可申請をなし、同年一〇月二一日相当の期間残存すると認められる施行区域内の農用地に対しては、農耕に支障が生じないよう十分な配慮をすることの条件の下に認可され、そして被申請人は本件仮換地指定処分をなしたものである。

(3) 、本件区画整理事業の目的は市街化にあるのであるが、その過程において当面農業を継続する者のために、被申請人は左のとおりの配慮をなしている。

A 農業用法水について

申請人水口静夫が所有する別紙第一目録記載の東ノ丸一、三七七番七の土地と申請人水口香が所有する別紙第二目録記載の土地の二筆(以下「東側一団従前農地」という。)の用水については、(イ)前記国道五五線沿いの申請外土佐電気鉄道株式会社市内線電車通り南側の水路系から別れた文珠通り線沿いを南下した水路(幅員六〇センチメートルで水量毎秒〇・一一立方メートル)と、(ロ)高知市高須西ノ丸池から取水ポンプで揚水するものと、(ハ)数人共同の井戸(直径五センチメートル・揚水量は毎秒〇・〇〇三立方メートル)から揚水するものとで、耕作に必要な量を確保している。また、申請人水口静夫の所有する別紙第一目録記載の南ノ丸一、三六二番一、同一、三六二番三および同一、三六二番四の三筆(以下「西側一団従前農地」という。)については、前記高須西ノ丸池から取水ポンプで揚水して、耕作に必要な量を確保している。ところで、本件区画整理事業の施行によつて、東側一団従前農地については、三八群一号地・二号地および四七群三号地・四号地(以下「東側一団農地」という。)に、また、西側一団従前農地については、六五群一号地および六六群三号地(以下「西側一団農地」という。)に各換地指定されるのであるが、この用水については、(イ)前記文珠通り線沿いを南下した水路を移転改修し、現断面積以上のものを施行(幅員八〇センチメートルで水量は毎秒〇・三七立方メートル)することにし、また、南国バイパス工事の施行にあたつても南北の連結用水路として、内径一メートルのコンクリート・ヒユーム管を埋設することにし、(ロ)右の用水は南国バイパスの両側に設置された水路(幅員三・八メートルで水量は毎秒二・三四立方メートル)により通水できるようにし、(ハ)本件区画整理事業の進捗に伴い、前記高須西ノ丸池の埋立を実施する時期には、農業用水として被申請人において当地区のほぼ西南端にある西ノ丸公園予定地の一部分に水源を確保し、取水ポンプで用水路に揚水して逆流させる計画である(但し、右高須西ノ丸池の埋立時期における残存農地への必要用水量を計算のうえ設置するものである。)。

次に、排水については、現状では、東側団従前農地はこれに隣接する南側の別紙第一目録記載の東ノ丸一、三七七番一一の池沼に排水し、これは前記高須西ノ丸池に続く水路に流れ込んでおり、また、西側一団従前農地は右高須西ノ丸池に直接排水しているのであるが、本件区画整理事業の施行によつて、右東ノ丸一、三七七番一一の池沼および右高須西ノ丸池への排水は、本件仮換地指定処分により右池沼等が他人の土地として換地されたり、また西ノ丸公園予定地となつたりするため不可能となるので、このため当地区の排水については、(イ)本件区画整理事業において計画されている全ての道路沿いに排水路を設け、(ロ)別に都市用の下水道管が各道路下に埋設設置されたことになつている(これにより都市的汚水が用水に混入することが防止されたり、排水を右下水道管に流入させることが可能となる。)。

B 道路面と農地との高低差について

前記認定のとおり、当地区はもともと干潟から生じた湿田地域で、海抜マイナス八五センチメートルのいわゆる零メートル地帯である。そこで当地区を適当な宅地とするためには適当な地盛が必要であつて、そのため事業計画によれば道路は農地より一メートル程高くなる。そこで被申請人は、申請人ら農業に従事する者が農地へ出入するに不便を来たさないような適当な勾配の通路(馬越し)を設置することにしている。

3  以上の認定事実によれば、本件区画整理事業が施行され、申請人らに対し本件仮換地指定処分がなされたからといつて、農業用水の面において従来どおりの必要水量は確保されると考えられ(なお、本件区画整理事業が施行されれば当該地区内の農地の大部分が宅地化されることが必然で、全体的な必要用水量は減少の一途をたどることが予想される。)、排水の面においても従来同様、あるいは、それ以上に効率的となるものと推測されるのであり、また道路面と農地との間には適当な勾配の道路が計画されているのであるから農耕等のため農地への出入に不便を来たすことはないものと推測される。申請人ら農地は、前記認定のとおり換地によりそれぞれ分割され、そのため従前に比し農業用機械の導入あるいはビニールハウスによる保成栽培等の面において多少不便を来たすであろうことは容易に推測し得るところである。また、換地により従前の農地に比し土質等の面において多少相違の現われることも容易に推測し得るところである。しかしながら、それらのことにより農作物の栽培が不可能となるなどとは到底思われない。そして、さらに本件区画整理事業の施行には前記認定のとおり、農業に従事する者に対し農耕に支障が生じないよう十分な配慮をすることとの認可条件が付されている点などを考慮に入れるならば、本件仮換地指定処分によつて申請人らの農耕に格別困難を来たす事態が発生するとは思われない。

そうであるとするならば、申請人らに対し、本件仮換地指定処分によつて前記意味における回復困難な損害が発生するものとは到底認められない。

よつて、申請人らの本件申請はその余の点について判断するまでもなく理由なしとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、第九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 安藝保壽 上野利隆 林豊)

第一目録

高知市高須西ノ丸塩田南ノ丸一、三六二番一

田 一、四五四平方メートル

同所 同字 一、三六二番三

田 一、三五一平方メートル

同所 同字 一、三六二番二

池沼 一五二平方メートル

同所 同字 一、三六二番四

田 一、二四六平方メートル

同所 同字 一、三六二番八

池沼 一〇二平方メートル

同所 同字 一、三六二番九

池沼 一八五平方メートル

同所 東ノ丸一、三七七番一一

池沼 三四〇平方メートル

同所 同字 一、三七七番七

田 一、四五一平方メートル

以上

第二目録

高知市高須西ノ丸塩田南の丸一、三七七番六

田 六、一八〇平方メートル

以上

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